| アメリカで発達科学の現場に粘土が取り入れられています |
カリフォルニア州西部に、発達科学を取り入れたWAVERY SCHOOL(ウェイヴァリー学園)という学校があります。 発達科学(DEVELOPEMENTAL)を取り入れた学校とは、人間の様々な能力が発達していく成長の課程を理解し、その発達の度合いに応じた教育をタイミングよく与えようというという方針の学校です。 発達科学の考え方は決して新しいものではありませんが、最近、アメリカでは新たに注目を浴び、公立学校でも部分的に積極的に取り入れている地域が増え始めているようです。 とはいうものの、これを全面的に教育方針として取り入れ、実践している学校はあまり数多くはありません。そもそもこの発達科学とはどういうものか、正確に把握している親は、アメリカでもまだ少数派でしょう。 カリフォルニア州のWAVERY SCHOOL(ウェイヴァリー学園)は、その数少ない学校のひとつでです。 同校は、教育者、哲学者、児童心理学者として、発達心理学の基礎を築いたとして知られ、フランスのジャン・ピアジェ博士の学説に基づいた教育理念を実施しています。 アメリカでは5歳から学校が始り、5才児クラスはK(キンダーガーテン)クラスと呼ばれています。 学校教育への第一歩であり、これを上手く踏み出せるかどうかで、その後の学校生活に、大きな影響が出ると考えるアメリカの親たちにとって、Kクラスをどんな先生が、どうやって教えてくれるのか、重大な関心事、なにしろ専門家によっては、大学よりも、このKクラスの方がよっぽど大切だなどというくらいなのです。 どのような立派な教育理念も、最終的には、それを子供の前におろしていく教師の、人となりにかかっているが、WAVERYでこのKクラスを教えているのは、教師としては30年以上の経験を持ち、大ベテラン、.アリス・マルキエズ先生です。 開校当時からメンバーとして迎えられた、主要スタッフの一人です。 アメリカでは夏休み開けの9月、新学期ともなるとこのアリス先生のもとに、子供たちがいっせいに「アリス、アリスアリス」と叫んで駆け寄り、受け持ちの生徒はもちろん、以前の教え子たちで取り囲まれてしまいます。 その光景を見て、この先生の大変な人気に改めて驚かされる親は多く、またその評判を聞きつけて、我が子にもぜひその経験を味わわせたいと、この学校へ入学させる親が、後を絶ちません。 子どもたちは皆アリスに世話になったという同僚の教師達、また伯父さんや叔母さん、兄弟姉妹に続いて、親戚内ではこの先生に教わるのは3人目や4人目であるという子供などがたくさんいて、まさに女性版チップス先生のような存在なのです。 そのアリス・マルキエズ先生に、発達科学についてインタビューする機会があったので、いろいろな話を聞かせて頂きました。 Q.一口に言ってDEVELOPMENTAL(発達科学)というのはどういうことでしょうか? A.人間の子供達は、段階的に発達していきます。それぞれの年齢層における発達の特徴を十分理解し、それに応じた教育を与えようというのが目的です。 Q.具体的にはどんなやり方でなのでしょうか? A.人間には、聴覚,視覚、嗅覚、味覚、触感という五感が備わっています。 ですから、それらをじかに刺激して物を学ばせると、子供には非常に効果的なのです。 単に文字や、本の中だけで機械的に暗記させるのではなく、実際に触り、目で確かめ、匂いを嗅いだり、音を聞いたりして学習していきます。 これはたとえば、大人の場合でも、同じだと思います。 たとえば、パンクしたタイヤを取りかえるやり方をテキストで読み、やり方を覚えようとすると、ある程度の時間はもちろん、それなりの根気や暗記力などを要しますね。 しかし、それを丸暗記した後、じゃあ今度はタイヤを変えてごらん、と言われても、実際にはなかなか上手く出来ない、という経験が、多くの方にあるのではないでしょうか? そして、その暗記した手順は、時間がたつにつれ、薄れていくスピードも速いのです。 しかし、タイヤの換え方を覚える一番手っ取り早い方法は、誰かに教わりながら, 実際に自分の手でやってみることなのです。 その方が結果的には覚える時間も短く、なおかつなかなか忘れ難い、という利点もあります。 また、よく忘れられやすいのが味覚です。 味覚、というのは人間の感覚の中でも最もパワフルなもののひとつですが、味覚を通じて得た記憶は、頭の中に非常に長く留まります。 私はよく、子供にアルファベットを教えたいとか、数字をなかなか覚えてくれないがどうしよう、という相談を親御さんから受けますが、一番良い方法は、ビスケットを、数字やアルファベットの型抜きで抜いて焼き、それを子供に食べさせることだと、お教えしています。 ビスケットが焼けてくる良い匂いを嗅がせ、「うーん、ナンバー8の良い匂いがしてきたね」「今日は3を3個食べよう!」などと言いいながら、焼きあがったら、実際に子供に食べさせるのです。 子供は「8」を食べた、と喜び、8という数字はそのまま、頭の中に記憶されていきます。 今受け持っている5才児クラスでは、「ポップコーン算数」という方法で、足し算や引き算を教えています。 ポップコーンをたとえば4個と5個並べて、実際に手で並べながらいくつになったかを数え、正解であったら9個食べていい、というやり方です。 これでやると、子供達はあっという間に、複雑な足し算や引き算を覚えてしまいます。 粘土なども教材として良く使っています。五感を刺激する、ということです。冷たい粘土がこねているうちに暖かくなっていき、その感触を手で味わい、色をつけて視覚を刺激し、型で抜いたり、色を塗ったりと様々なプロセスが楽しめます。 私のクラスでは、小麦粉に水と塩をまぜて、自分達で小麦粘土を作らせています。 水加減によって柔らかくなったり堅くなったり、また良い匂いのする香料を落として、嗅覚を刺激します。もう少し大きくなると、カップで計量し、(算数の勉強)、黒板に書かれた簡単な作り方を読んだり、また自分の好きな色の調合をカードに書いたり(読み書きの練習)、など、どんどん知らないうちに学習が進んでいるわけです。 あまり良い匂いをつけると、小さい子は口にいれてしまうので気をつけないといけませんが。 これのまた別のメリットは、お母さんも一緒に、キッチンで楽しめると言うこと。 早期教育の胎教、などと言って妊娠した母親がお腹をさすりながら、もう一方の手で世界地図を触っている光景などを、私もテレビで見たことがありますが、例えばそんなことをせずとも、上の子供と一緒に粘土をこねて、お母さんもその感触を楽しむ。 夏なら粘土を冷たく冷やして、そのひんやりした手触りを、ああ気持ちいいな・・・、とお母さんが感じる心が、お腹の赤ちゃんにも伝わります。 胎教と言うのは、結局そういうことじゃないのでしょうか。 今はいろいろな知育教材が出まわっています。 今私がこのクラスで使っている様々な教材も、今は簡単に、誰でも入手することができます。 しかし、残念ながら、使い方をちゃんと知らない母親が、適当な発達段階に達していない子供に中途半端な与え方をしてしまい、たいした効果もないばかりか、私のクラスに入って来たとき、その教材に初めて会った驚きや興味がわかないために、ひどく粗末に扱う、という傾向がここ数年特に強まっているため、非常に心を痛めています。 コンピューター上での学習も、別に禁止してはいません。(注:WAVERLYには、コンピューターは置かれていない) が、コンピューター学習の一番不利な点は、五感を刺激しないということです。 匂いも味もしないのはもちろんですし、また答えが、YESかNOで、一通りしかないのも良くない点です。 たとえば赤と青を混ぜれば紫になる、それはたしかに正しいのですが、実際に粘土を作りながら色を混ぜてみると、ちょっとした加減で様々な色合いになる、それを目で確かめることができないわけです。 アメリカのように人種や価値観の多様な国では、私は子供たちに「答えは常に幾通りもある」ということを知って欲しいと思います。 違いを埋めようとするのではなく、人と自分の違いを楽しみ、喜ぶ。私が一番大切にしている点です。 こうした体験学習とコンピューターの違いは、言って見れば、ティーチング(教えること)とトレーニング(訓練)の違い、ともいえます。 結局、教え方でもなんでも、ひとつの方法にだけ限ることが、非常に危険なのです。 私のクラスでも例えば、スペルの練習や計算問題などのドリルの類を、まったくやらせないわけではありません。 しかし、それだけしかやらせない、というのが拙いのです。 スペル一つ覚えるにしても、10回20回書いて練習すれば、それで覚えられないわけではありません。 ただ子供によっては時間がかかるし、大変なのです。視覚と聴覚を利用したほうが、ずっと楽だということです。 Q.しかし、そんなに効果的なのに、こういうことは公立教育ではあまり一般的には行われていませんね? (注:アメリカでは、地域によっては読み書きなどの基本的な学力の低下が、深刻な問題となっている) A.そうですね・・・(溜息)。 たしかに、教材をいろいろ用意する必要があり、またハッキリ言って、何十人もの生徒を、いっぺんに相手にすることはできません。 アシスタントの先生も必要なことがあります。つまり時間もないし予算もない、ということでしょう。 仕方なく、画一的なドリルに頼っている、ということもあります。 しかしまあ、最終的には、私に言わせれば、お役所の言い訳です。 私の3人の娘は全員、公立学校の教師となりましたが、長年、従来のドリルその他の古典的なやり方でさんざん苦労した後、ついにフラストレーションがたまって、思いきって教室でこの方法を取り入れました。 しかし、そういった手間をかけても、最終的にはこの教え方のほうがずっと子供の反応が早いと今では確信し、クラスを何グループかにわけて指導したり、安い値段で買える教材をそろえたりと工夫して、それなりに成功しています。 Q.各年齢の発達の特徴を知り、それにふさわしい刺激をタイミング良く与えていく、ということについてですが・・・ A.2歳児から、特徴をかいつまんで、順にお話します。 よくTERRIBLE TWO(魔の2歳)と昔からいわれる2才児ですが、私はこの言葉が嫌いですね。 2歳はTRYING TWOというほうが、ふさわしいと思います。 2歳と言うのは、なんでも試してみたい時期、たとえば物を落とすとどうなるか、水をコップの外にこぼすとどうなるかなど、つまり因果関係、「これをこうするとどうなるか」ということを、実践して発見する時期なのです。 それが、2才児からは目を離すなとか、事故が起き易くて危ない時期、などと言われる所以です。 ですから、この時期に与えるのに良い遊びのひとつとして、スタッキング(物を重ねること)があります。 例えば、大中小の入れ物を出したり入れたり、重ねたり、という遊びです。 大きい入れ物にいくつ入れれば一杯になるか、小さい入れ物に大きい入れ物を入れようとしても入らないとか、いろいろ試し続け、ついに「3つも中に入った!!」と発見の喜びの声をあげる時、この年齢の子供にとって、これは大変な大発見、大達成なのです。 3歳となると、この因果関係ということが、だいぶ理解できるようになってきます。 ですからそれをさらに推し進め、どんどん身をもって体験させていきます。 さらに、この年齢はLANGUAGE(言語)の段階と呼ばれています。言葉には「力」があるらしい、ということを感じ始める年頃です。 したがって、この年齢の子供達に「ネーム・コーリング」という行為が目立ち始めます。 いわゆる「ばか」とか「泣き虫」とか、「悪い言葉」を使い始めます。 そういった言葉を大人にぶつけて、相手の反応をうかがうことで、その言葉がどんな効果を持つのか、知ろうとしているのです。 従ってこの時期は、いろいろな言葉を聞く機会を与えて、それを本人達にも使わせ、積極的に語彙を増やしていきます。 そのために良いのが、パペット遊びや、コスチュームをつけたお芝居ごっこや、人形劇などです。 そして4歳。この年頃では身体の大まかな機能が整うので、身体をさかんに動かし始めます。 自分の身体の機能を、様々に試し始める時期です。 この年齢の子供を見ていると、年中かさぶたや擦り傷をこしらえていますが、それと関連しています。 ですから、ボールや縄跳びや、押し車や、体を使う遊びをたくさん与えてやると良いのです。また、成長には個人差があることを忘れてはいけません。 子供の能力を越えた遊びを与えるのではなく、それにあった遊びを与えてやること。 本人に出来ないことを無理やりさせても、意味はありません。 そして5歳、これは社会性の発達する年齢です。この時期ではまだ平行遊びが行われています。 Q.5歳でもまだ平行遊びでしょうか? A.仲良く、隣同士座って遊ぶことを、楽しむようにはなっています。 しかし実際には、まだ他者との人間関係を結べているわけではないのです。 5才児のクラスでは、昨日まで「100年たっても親友でいようね!」と言って抱き合っていたくせに、次の日になるとお互い知らん顔で、挨拶もろくにしない、という光景が日々繰り返されています(笑)。 この段階ではまだ、1対1のゲームというのは無理です。 勝てば大威張り、負けば泣くと言う大騒ぎの結果、喧嘩になるだけのことが多く、ゲームのプロセスを楽しむという段階には、達していません。 だから、この頃には「ライバル」の要らないゲームが良いのです。 それに、これこれこうしなさいという指示を与えられても、まだ十分にフォローしきれません。 だいぶ出来るようにはなっているのですが、それでもまだまだですね。 ですから、私のクラスでは、皆で楽しめるような、グループでのゲームを中心に行っています。 たとえば円陣になって座り、つま先でボールを下に落とさないようにしながら、パスしあうゲームなどです。 3回続けばグループ全体に1ポイント、下に落ちれば、失敗した子の失点になるのではなく、ボールの負け、というようなゲームですね。あくまで悪いのはボールであって、勝てばチーム全体に点数が入る、というゲームです。 パラシュート遊びなどもいい遊びです。ポイントは、競争相手を作らない遊びです。 そして6歳、いわゆる1年生ですが、5歳では難しかった、相手の指示や説明に従うという行為が、ずっとスムーズに行えるようになります。 今までの発達が、しっかりと固まる時期です。 また筋肉も強くなり、筆圧もぐっと強くなるので、鉛筆を持って字を書くというような作業が、やりやすくなるのですね。 再び、個人差ということがキーとなります。 皆がやっているからと言って、その子供のレディネス(準備)の整っていないことをやらせる、というのは無意味です。 出来ることを十分やらせることで、次の段階に進めるのですから。 また、逆に準備の整った子は、どんどん先へいかせます。 ひとつひとつの発達段階を、中途半端にして前へ進むことは危険です。 年齢がどんなにあがっても、結局そこへまた戻ってきてしまうからです。 またこの学校では、高校を通じて、いわゆる成績表はありません。 そのかわり、一人一人に関して、毎学期、全ての面に渡り、数ページにわたる詳しいレポートが担任から各家庭へと送られます。 Q.そういえば、この学校の子供は、あまり誰がトップとか、誰がクラスで一番頭がいい、とかいうことをあまり話題にしない、と聞いていますが・・ A.そういう評価が、子供たちにとって、あまり意味をなさないものになっているので、関心が薄いのでしょう。 どの子がどの面では進んでいて、どの面では遅れている、ということを、いちいち覚えていられるわけではありませんし。 しかし、本当のことを言うと、クラスで誰が頭がいいかなどということは、子供達はよく知っているのですよ(笑)。こっちがわざわざ評価して教えてあげなくてもね。 しかし、ひとつの基準で優劣を測ると、どうしてもそこに順位が生まれますが、能力を多面的に判断されると、とたんにそういう、クラス内での順番を競おう、といった競争心が、不思議と失せてしまうことは事実です。 今のクラスでは例えば、数をいくつまで数えることができ、理解できているかを確かめる、算数チャートというのをやらせています。 50までがやっとの子もいれば、1000や2000まで、どんどん進んでしまう子もいます。 ただ、これは子供同士を競わせたり、誰が一番最初に1000に達したかなどを、クラスの前で発表したりするためではないのです。 一人一人の子をテーブルに呼び、10に達したり、100に達したりしたことが判ると、それぞれ私がその子供と、「お祝い」をします。あくまでその子供の達成のみを、問題にするのです。 アリス先生は現在、LD(学習障害)について、積極的にセミナーに参加したりと、研究活動中であるとおっしゃいます。 アメリカでは学習障害児が多く、大きな社会問題となっています。 しかし、このLDという言葉自体が、最近安易に使われすぎており、単に発育段階の遅れに過ぎないのに、誤診されているケースが多いのではないか、という懸念を抱いているからです。 子供の発達は複雑で、専門家にもそれを見極めるのは非常に難しいといいます。 それと同時に、子供の発達過程を、さらに詳しく知ることで、学習障害がある場合、それを早い時期に見極めることも出来ると考えているようです。 |
■プロフィール アリス・マルキエズ 1971年から教壇に立つ。 2年間、カリフォルニア州の公立学校でのヘッド・スタートプログラム(早期教育プログラム)に携わった後、発達主義教育に興味を持ち、ピアジェ博士理論のオープン・スチューデントとなる。 様々な私立小学校で、教師、ディレクターの地位を勤めた後、現在のWAVERLY SCHOOLの主要スタッフとして、開校当時から勤務している。 インタビュアー:KazumiGordon(ブレインキッズ米国駐在) |
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